Into | Journals
Here we will publish how [into] is working on environmental sustainability and a better life for people. We will also publish information related to [into cosmetics] and [into eats], as well as user reviews.
人びとのよりよい暮らしや持続可能性のある自然環境の実現のために、〈into〉が取り組んでいる活動を発信。〈into cosmetics〉や〈into eats〉にまつわる情報や、愛用者のレビューもお届けします。
Into the World スペイン編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第7回は、独自の歴史文化と最先端のアートが溶け合うスペイン・バスク地方へ。 雨上がり、石畳の街並みへ バスク地方最大の都市・ビルバオでの滞在も3日目。目が覚めると小雨が降っていた。昨夜は遅くまでサッカー観戦に出かけていたから、まだ少し眠い。顔を洗ってIntoのローションで肌をうるおすと、身も心もすっきり目覚めた。行きつけになったホテル近くのベーカリーカフェでカフェ・コン・レチェを飲んでいるうちに、青空がのぞく。今日は旧市街に行ってみようかな。カメラ片手に、しっとり輝く雨上がりの石畳を歩き始めた。 青い空、オレンジの瓦屋根 19世紀に建てられたサンティアゴ大聖堂を中心に、入り組んだ路地がめぐるビルバオ旧市街。赤と緑のバスク州旗や、昨夜試合を観た地元チーム「アトレティック・クルブ」の旗があちこちのバルコニーに掲げられ、地域愛を感じる。あてもなく坂道や階段を登っていった先、ふと視界が開け、街を見渡すことができた。すっかり晴れ渡った空にスペインらしいオレンジの瓦屋根が映えて、大聖堂の尖塔もよく見える。爽やかなそよ風に吹かれていたら、なんだかもうお腹が空いてきた。 小腹がすいたらピンチョスを 美食も有名なバスク地方、いつだって空腹を満たす場所には困らない。訪れたのは、旧市街と新市街を隔てるネルビオン川沿いの屋内マーケット。肉や魚、野菜が並ぶ建物の一角に、タパスやピンチョスを売る店が集まっている。バスク名物の塩ダラやきのこを使った3種をセレクト。なんだか地味な色合いになってしまったけれど、どれも素材の食感やうま味が生きていて絶品だ。食後の散歩をしつつ、街はずれのアルチャンダ山を目指そう。 ビルバオという都市を一望 旧市街を外れ、学校帰りの子どもたちでにぎわう住宅地を抜けて、ケーブルカーでアルチャンダ山の上へ。ネルビオン川の流れに沿って山あいに築かれたビルバオの街の全容が一望できた。旧市街は写真の左に見切れていて、中央から右側に広がるのが新市街の中心部。アトレティック・クルブのスタジアム「サン・マメス」や、このあと向かう予定のビルバオ・グッゲンハイム美術館もよく見える。 アートの薫りを感じながら 再びケーブルカーに乗って山を下り、川沿いの道を美術館に向かって歩く。もちろん市内バスや路面電車もあるのだが、コンパクトなので徒歩でも名所をぐるりと回れてしまうのがビルバオのよいところだ。街角には彫刻や壁画が点在していて、美術館までの道すがらアートの街の風を感じられる。高速道路の高架橋にほどこされたウォールアートが、とりわけ見事だった。 グッゲンハイム美術館の人気者、パピー 川を渡って、いよいよグッゲンハイム美術館に到着。閉館時間が迫っていたので展示は翌日ゆっくり見ることにして、建物をじっくり眺める。巨大な彫刻作品のようで、見飽きないのだ。正面入り口で来館者を出迎えてくれるのは、子犬の形に本物の花が植えられた立体作品「パピー」。草花が夕暮れの風にそよぎ、小鳥が遊ぶ。写真で何度も見たことがあったけれど、実際に近くに立つと自然の循環や空気の動きを全身で感じられる、癒しのアートだった。 新旧折衷を象徴するカルチャースペースへ 美術館からホテルへの帰り道にあった「アスクナ・セントロア」は、伝統と新しさが同居し、ビルバオを象徴するような施設だった。一見、四角い石造りの重厚な建物。一歩足を踏み入れると、タイルや彫刻でさまざまな装飾を施された柱が並ぶ、不思議な空間が広がっていた。20世紀初頭に建てられたワイン貯蔵庫を再利用したもので、地元アーティストのショップやギャラリー、図書館や映画館が入った複合カルチャースポットとなっている。海外の図書館を訪ねるのが好きなので、少し覗いてみることにした。 バスクの知が受け継がれる空間 本の形の看板が置かれた扉をくぐると、まずは絵本や児童書のコーナー。木の形の本棚など遊び心にあふれている。新聞コーナーではローカルのおじいちゃんたちがじっくり各紙を読んでいて、日本の図書館でもよく見かける光景で微笑ましい。バスク語の本や雑誌が並ぶ棚も印象深かった。自分たちの文化や知に誇りをもちながら、新しい風と融合させてゆく。この街の進化が、これからも楽しみだ。 photography & text=TRANSIT TRANSIT72号さあ、スペインへ! 太陽と海と土の国2026年6月12日発売...
Into the World スペイン編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第7回は、独自の歴史文化と最先端のアートが溶け合うスペイン・バスク地方へ。 雨上がり、石畳の街並みへ バスク地方最大の都市・ビルバオでの滞在も3日目。目が覚めると小雨が降っていた。昨夜は遅くまでサッカー観戦に出かけていたから、まだ少し眠い。顔を洗ってIntoのローションで肌をうるおすと、身も心もすっきり目覚めた。行きつけになったホテル近くのベーカリーカフェでカフェ・コン・レチェを飲んでいるうちに、青空がのぞく。今日は旧市街に行ってみようかな。カメラ片手に、しっとり輝く雨上がりの石畳を歩き始めた。 青い空、オレンジの瓦屋根 19世紀に建てられたサンティアゴ大聖堂を中心に、入り組んだ路地がめぐるビルバオ旧市街。赤と緑のバスク州旗や、昨夜試合を観た地元チーム「アトレティック・クルブ」の旗があちこちのバルコニーに掲げられ、地域愛を感じる。あてもなく坂道や階段を登っていった先、ふと視界が開け、街を見渡すことができた。すっかり晴れ渡った空にスペインらしいオレンジの瓦屋根が映えて、大聖堂の尖塔もよく見える。爽やかなそよ風に吹かれていたら、なんだかもうお腹が空いてきた。 小腹がすいたらピンチョスを 美食も有名なバスク地方、いつだって空腹を満たす場所には困らない。訪れたのは、旧市街と新市街を隔てるネルビオン川沿いの屋内マーケット。肉や魚、野菜が並ぶ建物の一角に、タパスやピンチョスを売る店が集まっている。バスク名物の塩ダラやきのこを使った3種をセレクト。なんだか地味な色合いになってしまったけれど、どれも素材の食感やうま味が生きていて絶品だ。食後の散歩をしつつ、街はずれのアルチャンダ山を目指そう。 ビルバオという都市を一望 旧市街を外れ、学校帰りの子どもたちでにぎわう住宅地を抜けて、ケーブルカーでアルチャンダ山の上へ。ネルビオン川の流れに沿って山あいに築かれたビルバオの街の全容が一望できた。旧市街は写真の左に見切れていて、中央から右側に広がるのが新市街の中心部。アトレティック・クルブのスタジアム「サン・マメス」や、このあと向かう予定のビルバオ・グッゲンハイム美術館もよく見える。 アートの薫りを感じながら 再びケーブルカーに乗って山を下り、川沿いの道を美術館に向かって歩く。もちろん市内バスや路面電車もあるのだが、コンパクトなので徒歩でも名所をぐるりと回れてしまうのがビルバオのよいところだ。街角には彫刻や壁画が点在していて、美術館までの道すがらアートの街の風を感じられる。高速道路の高架橋にほどこされたウォールアートが、とりわけ見事だった。 グッゲンハイム美術館の人気者、パピー 川を渡って、いよいよグッゲンハイム美術館に到着。閉館時間が迫っていたので展示は翌日ゆっくり見ることにして、建物をじっくり眺める。巨大な彫刻作品のようで、見飽きないのだ。正面入り口で来館者を出迎えてくれるのは、子犬の形に本物の花が植えられた立体作品「パピー」。草花が夕暮れの風にそよぎ、小鳥が遊ぶ。写真で何度も見たことがあったけれど、実際に近くに立つと自然の循環や空気の動きを全身で感じられる、癒しのアートだった。 新旧折衷を象徴するカルチャースペースへ 美術館からホテルへの帰り道にあった「アスクナ・セントロア」は、伝統と新しさが同居し、ビルバオを象徴するような施設だった。一見、四角い石造りの重厚な建物。一歩足を踏み入れると、タイルや彫刻でさまざまな装飾を施された柱が並ぶ、不思議な空間が広がっていた。20世紀初頭に建てられたワイン貯蔵庫を再利用したもので、地元アーティストのショップやギャラリー、図書館や映画館が入った複合カルチャースポットとなっている。海外の図書館を訪ねるのが好きなので、少し覗いてみることにした。 バスクの知が受け継がれる空間 本の形の看板が置かれた扉をくぐると、まずは絵本や児童書のコーナー。木の形の本棚など遊び心にあふれている。新聞コーナーではローカルのおじいちゃんたちがじっくり各紙を読んでいて、日本の図書館でもよく見かける光景で微笑ましい。バスク語の本や雑誌が並ぶ棚も印象深かった。自分たちの文化や知に誇りをもちながら、新しい風と融合させてゆく。この街の進化が、これからも楽しみだ。 photography & text=TRANSIT TRANSIT72号さあ、スペインへ! 太陽と海と土の国2026年6月12日発売...
Into the World ベトナム編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第7回は、豊かな水と太陽の恵みにあふれたベトナム南部・メコンデルタ地方へ。 バスに揺られてメコンデルタへ 旅の始まりは、ホーチミン市の長距離バスターミナル。各地へ向かう大型バスが分刻みで発車してゆく。広大なターミナルをさまよい、何とか目的地ロンスエン行きのバスを見つけて乗り込んだ。快適なリクライニングシートに身を沈めて、都市から田園風景へと変わりゆく景色を眺める。メコンデルタでどんな出会いが待っているか、わくわくしてきた。 川沿いの街ロンスエンで 5時間ほどのバス旅で、メコン川の支流・ハウ川沿いの小都市ロンスエンに着いた。翌朝、日の出とともに水上マーケットへ。果物や食料品を積んだ船が行き交う。地元の人の話では最近は船同士の取引がずいぶん減ったらしく、ごく小規模だったけれど、水辺で暮らす人びとの昔ながらの生活を垣間見ることができた。 花いっぱいのロンスエンの小路を歩く 道端でおばあちゃんが売っていたおいしいバインミーを朝ごはんに食べたら、ロンスエン市街を散策。大通りから少し入った小路には、軒先やベランダを色鮮やかに咲く花々で飾った家が多く、目を楽しませてくれる。そこら中に雑然と張りめぐらされた電線との対比が、ちょっぴりカオスでベトナムらしいな。 田んぼとバイクのある風景 この旅の目的のひとつが、ベトナム有数の穀倉地帯であるメコンデルタで米づくりの風景を見ること。1年を通してあたたかいので、1月末でも青々とした稲が育っていた。ロンスエン郊外の田んぼにいた人たちに手招きされ、稲の間引き作業を近くで見せてもらうことに。靴とズボンが泥だらけになったけれど、農家の人と交流できて嬉しかった。そして彼らの通勤手段は、やっぱりバイクのようだ。 水田地帯を見下ろす高台へ 眺めがよさそうな小さな山があったので、車で登ってみることにした。曲がりくねった狭い道でヒヤヒヤしていたら、運転手さんが翻訳アプリの画面を見せてきた。「心配しないで。すべてうまくいきます」。心強い。たどり着いたお寺は見晴らし抜群で、どこまでも田んぼと水路が広がっていた。何となく、夏休みに田舎へ帰ってきたような懐かしさを感じる風景だった。 パッチワークのような眺め 続けて別の山にある展望台へ。もはや車では登れず、地元の若者たちのバイクに乗せてもらった。愛車を器用に操り、細くて急な道をぐんぐん登ってゆく。ベトナムの人は車もバイクも運転がうまい。展望台に立つと、稲が育っている緑の田と収穫を終えた茶色い田がパッチワークのように広がり、その間に小さな木々がぽこぽこと立っていて、何だかかわいらしかった。 山のお寺の守り神? 眺めのよい山の上には必ず大小の仏教寺院があって、ベトナムでも山と信仰は結びついているんだなと感じた。このお寺では、仏像をまつる祠のすぐ手前に茶色い犬と白い犬が寝そべっているのを見かけ、さながら仏様に仕える守り神のようだった。 山を下りたら、ふもとの食堂で腹ごしらえ 田んぼの風景を見た後は、お米料理が食べたくなった。地元の人でにぎわう食堂で、精米過程で砕けたお米を炊いて具をのせたベトナム南部名物「コムタム」をいただく。ここのコムタムはベジタリアン向けで、揚げ豆腐や油揚げのような具がのっていた。噛みしめれば油分とコクがあふれ、お肉に負けないおいしさ。しっかりエネルギー補給し、ポケットに忍ばせていたInto oilでリラックスしたら、また旅をつづけよう。 photography & text=TRANSIT TRANSIT71号何度でも、ベトナム...
Into the World ベトナム編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第7回は、豊かな水と太陽の恵みにあふれたベトナム南部・メコンデルタ地方へ。 バスに揺られてメコンデルタへ 旅の始まりは、ホーチミン市の長距離バスターミナル。各地へ向かう大型バスが分刻みで発車してゆく。広大なターミナルをさまよい、何とか目的地ロンスエン行きのバスを見つけて乗り込んだ。快適なリクライニングシートに身を沈めて、都市から田園風景へと変わりゆく景色を眺める。メコンデルタでどんな出会いが待っているか、わくわくしてきた。 川沿いの街ロンスエンで 5時間ほどのバス旅で、メコン川の支流・ハウ川沿いの小都市ロンスエンに着いた。翌朝、日の出とともに水上マーケットへ。果物や食料品を積んだ船が行き交う。地元の人の話では最近は船同士の取引がずいぶん減ったらしく、ごく小規模だったけれど、水辺で暮らす人びとの昔ながらの生活を垣間見ることができた。 花いっぱいのロンスエンの小路を歩く 道端でおばあちゃんが売っていたおいしいバインミーを朝ごはんに食べたら、ロンスエン市街を散策。大通りから少し入った小路には、軒先やベランダを色鮮やかに咲く花々で飾った家が多く、目を楽しませてくれる。そこら中に雑然と張りめぐらされた電線との対比が、ちょっぴりカオスでベトナムらしいな。 田んぼとバイクのある風景 この旅の目的のひとつが、ベトナム有数の穀倉地帯であるメコンデルタで米づくりの風景を見ること。1年を通してあたたかいので、1月末でも青々とした稲が育っていた。ロンスエン郊外の田んぼにいた人たちに手招きされ、稲の間引き作業を近くで見せてもらうことに。靴とズボンが泥だらけになったけれど、農家の人と交流できて嬉しかった。そして彼らの通勤手段は、やっぱりバイクのようだ。 水田地帯を見下ろす高台へ 眺めがよさそうな小さな山があったので、車で登ってみることにした。曲がりくねった狭い道でヒヤヒヤしていたら、運転手さんが翻訳アプリの画面を見せてきた。「心配しないで。すべてうまくいきます」。心強い。たどり着いたお寺は見晴らし抜群で、どこまでも田んぼと水路が広がっていた。何となく、夏休みに田舎へ帰ってきたような懐かしさを感じる風景だった。 パッチワークのような眺め 続けて別の山にある展望台へ。もはや車では登れず、地元の若者たちのバイクに乗せてもらった。愛車を器用に操り、細くて急な道をぐんぐん登ってゆく。ベトナムの人は車もバイクも運転がうまい。展望台に立つと、稲が育っている緑の田と収穫を終えた茶色い田がパッチワークのように広がり、その間に小さな木々がぽこぽこと立っていて、何だかかわいらしかった。 山のお寺の守り神? 眺めのよい山の上には必ず大小の仏教寺院があって、ベトナムでも山と信仰は結びついているんだなと感じた。このお寺では、仏像をまつる祠のすぐ手前に茶色い犬と白い犬が寝そべっているのを見かけ、さながら仏様に仕える守り神のようだった。 山を下りたら、ふもとの食堂で腹ごしらえ 田んぼの風景を見た後は、お米料理が食べたくなった。地元の人でにぎわう食堂で、精米過程で砕けたお米を炊いて具をのせたベトナム南部名物「コムタム」をいただく。ここのコムタムはベジタリアン向けで、揚げ豆腐や油揚げのような具がのっていた。噛みしめれば油分とコクがあふれ、お肉に負けないおいしさ。しっかりエネルギー補給し、ポケットに忍ばせていたInto oilでリラックスしたら、また旅をつづけよう。 photography & text=TRANSIT TRANSIT71号何度でも、ベトナム...
Into the World スウェーデン編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第6回は、スウェーデンのストックホルムからゴットランド島、スモーランド地方を旅した話。 橋、自転車、ストックホルム ストックホルムに降り立った9月初旬。晴れたり曇ったり、時たま雨が降ったり、そんな日が数日つづいた。セーデルマルムにあるカタリナ・エレベーターから市内を見下ろすと、リッダーホルム教会があるガムラスタンをつなぐ橋を走る車や自転車がおもちゃのように見える。水の都といわれるストックホルムは14の島が連なっている。 大型フェリーでゴットランド島へ ストックホルムで電気自動車を借りて、港のあるニュネスハムンまで1時間半ドライブ。車ごと7階建ての大型フェリーに乗り込み、出航。フェリー内には、お行儀のよい大型犬がたくさんいて嬉しい。なでさせてもらったり、バルト海をのんびり眺めたりしながら船の旅を満喫する。 photo by MINA SOMA 世界遺産の街、ヴィスビー ゴットランド島の玄関口、ヴィスビー。13〜14世紀、ハンザ同盟都市として栄えた歴史をもち、ドイツ商人が住居を構えた街だ。歴史的建造物が保護された世界遺産の都市でもあり、カラフルな家や花に彩られ、絵本のなかを歩いているような気持ちになる。ジョギングする人も多く、走り出したくなる。少し高台に登ると、屋根のない廃教会の天井部分や、オレンジの屋根、そして遠くにバルト海を望むことができる。 ゴットランド島は岩の島 ヴィスビーより南に位置する景勝地Högklintへ。夏のリゾート地として大人気のゴットランド島だが、夏も終わりとなれば島も落ち着きモードで、ときたま観光客に会うくらいだ。バルト海の地平線を、自然の雄大さをダイレクトに受け止め、空の広さを噛み締める。 フォーレ島名物、奇岩のビーチ ゴットランド島の北西部に、5分の渡し船で辿り着く小さな島がある。フォーレという、静かで謎めいた島だ。スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマン監督が過ごした場所としても有名だが、ほとんど人に会うことはない。石灰岩でできた島のため、浜は平べったい。そこに奇岩群が突如現れるところが神秘性をさらに増している。 突如現れる風車 フォーレ島を走っていると、穀物倉庫に使われていた風車が時たま現れる。茅葺屋根のものや、4つの羽根をもつものなどいろいろな形がある。見つけると少し幸せ。牛や羊ものんびり放牧されていて、スローライフを夢想する。 本島へ渡り、スモーランド地方へ ゴットランド島を後にして、またフェリーで本島へ上陸。今度はスモーランド地方だ。ヴィンメルビーの街を走っていたら、インパクトのあるヘラジカが迎えてくれた。スウェーデンはヘラジカ猟が盛んな国。ヴィンメルビー『長くつ下のピッピ』をうんだアストリッド・リンドグリーンの出身地ということもあり、この後ピッピの看板も流れてくる。 森はみんなのもの 光と森と湖の国、スウェーデン。森のなかにテーブルセットがあると、ここでフィーカ(スウェーデン人のお茶の時間)するのかな、と思いを巡らせる。誰でも自然を共有することができるという、北欧の「自然享受権」。雪が積もればスキーを、キノコの季節にはキノコ狩りを、春になれば花々を愛でる人たちが、この森を歩くのかもしれない。 photography...
Into the World スウェーデン編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第6回は、スウェーデンのストックホルムからゴットランド島、スモーランド地方を旅した話。 橋、自転車、ストックホルム ストックホルムに降り立った9月初旬。晴れたり曇ったり、時たま雨が降ったり、そんな日が数日つづいた。セーデルマルムにあるカタリナ・エレベーターから市内を見下ろすと、リッダーホルム教会があるガムラスタンをつなぐ橋を走る車や自転車がおもちゃのように見える。水の都といわれるストックホルムは14の島が連なっている。 大型フェリーでゴットランド島へ ストックホルムで電気自動車を借りて、港のあるニュネスハムンまで1時間半ドライブ。車ごと7階建ての大型フェリーに乗り込み、出航。フェリー内には、お行儀のよい大型犬がたくさんいて嬉しい。なでさせてもらったり、バルト海をのんびり眺めたりしながら船の旅を満喫する。 photo by MINA SOMA 世界遺産の街、ヴィスビー ゴットランド島の玄関口、ヴィスビー。13〜14世紀、ハンザ同盟都市として栄えた歴史をもち、ドイツ商人が住居を構えた街だ。歴史的建造物が保護された世界遺産の都市でもあり、カラフルな家や花に彩られ、絵本のなかを歩いているような気持ちになる。ジョギングする人も多く、走り出したくなる。少し高台に登ると、屋根のない廃教会の天井部分や、オレンジの屋根、そして遠くにバルト海を望むことができる。 ゴットランド島は岩の島 ヴィスビーより南に位置する景勝地Högklintへ。夏のリゾート地として大人気のゴットランド島だが、夏も終わりとなれば島も落ち着きモードで、ときたま観光客に会うくらいだ。バルト海の地平線を、自然の雄大さをダイレクトに受け止め、空の広さを噛み締める。 フォーレ島名物、奇岩のビーチ ゴットランド島の北西部に、5分の渡し船で辿り着く小さな島がある。フォーレという、静かで謎めいた島だ。スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマン監督が過ごした場所としても有名だが、ほとんど人に会うことはない。石灰岩でできた島のため、浜は平べったい。そこに奇岩群が突如現れるところが神秘性をさらに増している。 突如現れる風車 フォーレ島を走っていると、穀物倉庫に使われていた風車が時たま現れる。茅葺屋根のものや、4つの羽根をもつものなどいろいろな形がある。見つけると少し幸せ。牛や羊ものんびり放牧されていて、スローライフを夢想する。 本島へ渡り、スモーランド地方へ ゴットランド島を後にして、またフェリーで本島へ上陸。今度はスモーランド地方だ。ヴィンメルビーの街を走っていたら、インパクトのあるヘラジカが迎えてくれた。スウェーデンはヘラジカ猟が盛んな国。ヴィンメルビー『長くつ下のピッピ』をうんだアストリッド・リンドグリーンの出身地ということもあり、この後ピッピの看板も流れてくる。 森はみんなのもの 光と森と湖の国、スウェーデン。森のなかにテーブルセットがあると、ここでフィーカ(スウェーデン人のお茶の時間)するのかな、と思いを巡らせる。誰でも自然を共有することができるという、北欧の「自然享受権」。雪が積もればスキーを、キノコの季節にはキノコ狩りを、春になれば花々を愛でる人たちが、この森を歩くのかもしれない。 photography...
Into the World フランス編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第5回は、南仏でのビーチ巡り。 1日目:アンティーブの浜辺 フランス南東部、地中海に面したコート・ダジュールは、毎年夏になると世界中から観光客を惹きつける。映画祭でスターたちが集まるカンヌや、モナコの華やかなF1グランプリ、そして地域最大の都市ニースの美しさ。誰もが一度は、この地の名前を耳にしたことがあるだろう。では、夏にコート・ダジュールで何をするのか? 答えは簡単だ。ビーチで過ごすのだ。 海に浮かぶように佇む小さな町アンティーブは、細い路地が迷路のように入り組み、カラフルで趣のある家々が並んでいる。カフェや小さな店、ピカソ美術館など、訪れる前に想像していたよりも見どころは多い。だが、海を存分に楽しむなら、少し足を延ばしてカップ・ダンティーブへ。そこには「億万長者のベイ」と呼ばれるほど豪華な別荘が立ち並び、数々の有名人が所有している。 ビーチ&ラブ 海沿いの遊歩道を歩くと、次々とビーチが現れる。プライベートのものもあれば公共のものもあり、砂浜もあれば岩場もある。街から近いのに自然は驚くほど豊かで、巨大なアロエの葉には夏の恋人たちが刻んだ落書きが残っていた——とてもマナー違反だが、どこかロマンチックでもある。 浜辺の国際会議 僕はあえてもっとも人の多い浜辺を選んでみた。浮き輪や監視員、日焼けオイルの匂い……すぐ隣の高級ヴィラとは対照的な雰囲気だ。タオルの上で横になると、周囲から聞こえてくるのはさまざまな国の言葉。水着姿で開かれる国際会議に紛れ込んだように感じる。日差しを浴び、海に浸かり、塩の味を唇に残したまま最初の一日を終えた。 2日目:ニース 翌日はニースへ。駅から海へとまっすぐ伸びるジャン・メディサン大通りは、どこにでもあるような商業通りだが、その先には色鮮やかな建物やレストランが並ぶ旧市街が広がる。サレヤ広場の市場は賑わい、果物や野菜だけでなく、すぐに食べられる軽食も売られている。海水浴客らしい格好の人びとが行き交うなか、僕も真似をして、ひよこ豆の粉で作るニース名物ソッカを一切れ買って持ち帰る。サレヤ広場のアーケードを抜けると、目の前に地中海が広がった。真夏の陽光を浴びて波は輝き、海で遊ぶ人びとは光に溶けて踊る影のように見える。地域名の通り、水の色は「アジュール」。時間が経つにつれ、人びとは海から引き上げ、プロムナード沿いのテラス席に移っていく。笑い声や音楽、夕暮れの海。南仏の夏は、ゆるやかに流れていた。 3日目:船に乗って 幸運なことに、船に乗せてくれる人を見つけた。風に髪をなびかせながら、レランス諸島へ向かう。ここは「鉄仮面」の伝説で知られる。正体不明の囚人をルイ14世が幽閉したという話で、異母兄説や陰謀に関わった従兄説など、数々の憶測が今も語り継がれている。修道院、要塞、牢獄……。小さな島々だが、その歴史は重い。 ランチはニーススタイルで、パン・バニャ そんな物語に包まれた島影を前に、船の錨を下ろし、観光客のいない海で泳ぐ。昼食にはニースの伝統的なサンドイッチ「パン・バニャ」を用意してきた。ツナやアンチョビ、オリーブにバジル、野菜にオリーブオイルなど、南仏の料理でよく目にする食材がぎゅっと詰まったひと品だ。船長がロゼワインのボトルを取り出し、この夏の日に乾杯する。日陰に身を寄せ、Intoのオイルを肌に塗って、長時間の日差しで熱を帯びた皮膚をやさしくなだめる。海へ入る前に、デッキの上でおしゃべりをしながら笑い合う。 海の中から広がる風景 地中海に身を沈めると、これまで見てきた景色が逆さまになる。海から陸を眺めると、村や建物が海岸線に並んでいる。昨日は、あの中に自分もいたのだ。周囲では人びとが船から飛び込み、松林に縁どられた砂浜へと泳いでいく。 地中海がくれた夏の気持ち 港へ戻る途中、もう帰らなければならないのが惜しくなる。コート・ダジュールの太陽の下で過ごす時間は、どこか別の流れをもっている。何もしていないのに、いつの間にか時が流れてしまう。昼に浜辺で目を閉じれば、次に開いた時にはもう帰る時刻だ。観光客の喧騒も、街で動き回る地元の人びとも、島々の歴史も動きを止めないが、海だけは変わらずそこにある。ホテルへ戻る列車の窓一面に広がるのは、静かな地中海の青。三日間、その陽光と波に包まれた肌は焼け、旅の証のように残る。私が持ち帰る夏の感覚のタトゥーのようだ。そしてきっと、次の夏が来るたびにその記憶が呼び起こされるだろう。 photography & text=Jeremy Benkemoun...
Into the World フランス編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第5回は、南仏でのビーチ巡り。 1日目:アンティーブの浜辺 フランス南東部、地中海に面したコート・ダジュールは、毎年夏になると世界中から観光客を惹きつける。映画祭でスターたちが集まるカンヌや、モナコの華やかなF1グランプリ、そして地域最大の都市ニースの美しさ。誰もが一度は、この地の名前を耳にしたことがあるだろう。では、夏にコート・ダジュールで何をするのか? 答えは簡単だ。ビーチで過ごすのだ。 海に浮かぶように佇む小さな町アンティーブは、細い路地が迷路のように入り組み、カラフルで趣のある家々が並んでいる。カフェや小さな店、ピカソ美術館など、訪れる前に想像していたよりも見どころは多い。だが、海を存分に楽しむなら、少し足を延ばしてカップ・ダンティーブへ。そこには「億万長者のベイ」と呼ばれるほど豪華な別荘が立ち並び、数々の有名人が所有している。 ビーチ&ラブ 海沿いの遊歩道を歩くと、次々とビーチが現れる。プライベートのものもあれば公共のものもあり、砂浜もあれば岩場もある。街から近いのに自然は驚くほど豊かで、巨大なアロエの葉には夏の恋人たちが刻んだ落書きが残っていた——とてもマナー違反だが、どこかロマンチックでもある。 浜辺の国際会議 僕はあえてもっとも人の多い浜辺を選んでみた。浮き輪や監視員、日焼けオイルの匂い……すぐ隣の高級ヴィラとは対照的な雰囲気だ。タオルの上で横になると、周囲から聞こえてくるのはさまざまな国の言葉。水着姿で開かれる国際会議に紛れ込んだように感じる。日差しを浴び、海に浸かり、塩の味を唇に残したまま最初の一日を終えた。 2日目:ニース 翌日はニースへ。駅から海へとまっすぐ伸びるジャン・メディサン大通りは、どこにでもあるような商業通りだが、その先には色鮮やかな建物やレストランが並ぶ旧市街が広がる。サレヤ広場の市場は賑わい、果物や野菜だけでなく、すぐに食べられる軽食も売られている。海水浴客らしい格好の人びとが行き交うなか、僕も真似をして、ひよこ豆の粉で作るニース名物ソッカを一切れ買って持ち帰る。サレヤ広場のアーケードを抜けると、目の前に地中海が広がった。真夏の陽光を浴びて波は輝き、海で遊ぶ人びとは光に溶けて踊る影のように見える。地域名の通り、水の色は「アジュール」。時間が経つにつれ、人びとは海から引き上げ、プロムナード沿いのテラス席に移っていく。笑い声や音楽、夕暮れの海。南仏の夏は、ゆるやかに流れていた。 3日目:船に乗って 幸運なことに、船に乗せてくれる人を見つけた。風に髪をなびかせながら、レランス諸島へ向かう。ここは「鉄仮面」の伝説で知られる。正体不明の囚人をルイ14世が幽閉したという話で、異母兄説や陰謀に関わった従兄説など、数々の憶測が今も語り継がれている。修道院、要塞、牢獄……。小さな島々だが、その歴史は重い。 ランチはニーススタイルで、パン・バニャ そんな物語に包まれた島影を前に、船の錨を下ろし、観光客のいない海で泳ぐ。昼食にはニースの伝統的なサンドイッチ「パン・バニャ」を用意してきた。ツナやアンチョビ、オリーブにバジル、野菜にオリーブオイルなど、南仏の料理でよく目にする食材がぎゅっと詰まったひと品だ。船長がロゼワインのボトルを取り出し、この夏の日に乾杯する。日陰に身を寄せ、Intoのオイルを肌に塗って、長時間の日差しで熱を帯びた皮膚をやさしくなだめる。海へ入る前に、デッキの上でおしゃべりをしながら笑い合う。 海の中から広がる風景 地中海に身を沈めると、これまで見てきた景色が逆さまになる。海から陸を眺めると、村や建物が海岸線に並んでいる。昨日は、あの中に自分もいたのだ。周囲では人びとが船から飛び込み、松林に縁どられた砂浜へと泳いでいく。 地中海がくれた夏の気持ち 港へ戻る途中、もう帰らなければならないのが惜しくなる。コート・ダジュールの太陽の下で過ごす時間は、どこか別の流れをもっている。何もしていないのに、いつの間にか時が流れてしまう。昼に浜辺で目を閉じれば、次に開いた時にはもう帰る時刻だ。観光客の喧騒も、街で動き回る地元の人びとも、島々の歴史も動きを止めないが、海だけは変わらずそこにある。ホテルへ戻る列車の窓一面に広がるのは、静かな地中海の青。三日間、その陽光と波に包まれた肌は焼け、旅の証のように残る。私が持ち帰る夏の感覚のタトゥーのようだ。そしてきっと、次の夏が来るたびにその記憶が呼び起こされるだろう。 photography & text=Jeremy Benkemoun...
Into the World モンゴル編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第4回は、モンゴルの自然を満喫できるテレルジ国立公園へ。 カラフルな建物と日本車で溢れる首都ウランバートルの街並み テレルジ国立公園は首都ウランバートルから車で2時間ほど走った場所にある国立公園で、丘陵や奇岩などモンゴルらしい風景が楽しめる場所。ウランバートルから日帰りで気軽に訪れることができ、外国人だけでなくモンゴル国内の人びとにも人気のレジャースポットだそうだ。 ウランバートル近郊は人と動物の暮らしが混在 しばらく走ると、車は一本道に出る。時折、動物たちが悠然と道路を横断していく。すべて遊牧民が飼う家畜だ。日本には「動物に注意」といった道路標識がよくあるが、モンゴルでは当たり前の光景だからか、そのような標識があまり見当たらない。動物たちが横断するのを車はおとなしく待つ。少なくとも日中であれば車と動物の衝突事故が起こることはないらしい。 敷地内に並ぶゲルに、モンゴルにいる実感が湧く さらにしばらく走ると、ゲルがぽつぽつと見えてくる。遊牧民が暮らすゲルもあるが、このように10〜20ほどのゲルが並んでいる場所はたいてい旅行客の宿泊用ゲルだ。テレルジ国立公園内や周辺にはこのようなツーリストキャンプが多く運営されており、食事処や風呂、トイレが整っているところも多い。公園内では遊牧民は住むことはできないが、家畜の出入りは許されているようで、馬や羊の姿も見られる。 photo by Tetsuo Kashiwada 巨大な「亀石」は首のあたりまで登ることもできる テレルジ国立公園のシンボル「亀石」は、高さ約15mの巨大な花崗岩。縁起が良いとされる亀の形から、地元の遊牧民から信仰されてきたという。オイラト・モンゴルの皇帝がここに財宝を隠して逃げたという伝説も残っている。 アリヤバル寺院本堂へ、写真右端の建物が本堂 アリヤバル寺院は1998年から2004年にかけて建てられたチベット仏教の寺院で、岩山の山肌に建ち、ちょっとした登山気分が味わえるそうだ。本堂に向かう道には、チベット仏教の教えが書かれた看板がずらりと並んでいた。入口にルーレットのようなものがあり、止まったところの数字の看板に書かれた言葉が今の自分に必要な言葉らしい。私が引いた122番の言葉は、「ダーマか世界か、速やかに選択せよ。異なる二つの崖に足を掛けてはいけない」 「瞑想寺」とも呼ばれるアリヤバル寺院 チベット仏教はモンゴルの人びとにとってアイデンティティの礎になっている。モンゴル人の名前はチベット仏教に関連する言葉が基になっていたり、家具などの装飾品に描かれる模様はチベット仏教由来のものだったりする。歴史的にモンゴル人のダライ=ラマ(チベット仏教の最高責任者)も存在している。本堂は色とりどりの鮮やかな模様が施されており、色調が遊牧民のゲルの内部とよく似ていると思った。瞑想を行うには刺激が強いような気がするが、モンゴルの人びとにとっては守られているような気持ちになる、落ち着く空間に違いない。 煩悩の数を表す108の階段を登って辿り着く、本堂からの景色 本堂の前にはテレルジ国立公園内の広大な風景が広がっていた。乾いた空気のおかげで、はるか遠くの山まで鮮明に見渡せる。広さはどれくらいなのかとガイドのトゥルに訊くと、「知らない」。モンゴルはあまりにも広すぎて、土地と土地を隔てるという概念が薄いように思う。後から調べると2,920㎢。東京ドーム何個分なのだろうと思っていたら、東京都の1.3個分だった。 テレルジ国立公園からチンギス・ハーンテーマパークへ テレルジ国立公園から1時間ほどさらに走ると見えてくるのが、チンギス・ハーンの巨大な騎馬像だ。2008年ごろに民間企業によって作られたもので、遠足で訪れたらしい小学生の団体の姿が見える。モンゴルには歴代の王の城や墓、寺などといった歴史的な建造物がほぼ存在しない。チンギス・ハーンをはじめ、モンゴル帝国の皇帝はそういったものを作りたがらなかったからだそう。寺院は社会主義時代のチベット仏教弾圧でほぼ破壊された。だからこそ、民主主義に転換してからぽつりぽつりと建てられたこのような像や寺、伝説を伝える奇岩が、国を象徴するものとして人びとに大切にされているのだ。 photography & text...
Into the World モンゴル編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第4回は、モンゴルの自然を満喫できるテレルジ国立公園へ。 カラフルな建物と日本車で溢れる首都ウランバートルの街並み テレルジ国立公園は首都ウランバートルから車で2時間ほど走った場所にある国立公園で、丘陵や奇岩などモンゴルらしい風景が楽しめる場所。ウランバートルから日帰りで気軽に訪れることができ、外国人だけでなくモンゴル国内の人びとにも人気のレジャースポットだそうだ。 ウランバートル近郊は人と動物の暮らしが混在 しばらく走ると、車は一本道に出る。時折、動物たちが悠然と道路を横断していく。すべて遊牧民が飼う家畜だ。日本には「動物に注意」といった道路標識がよくあるが、モンゴルでは当たり前の光景だからか、そのような標識があまり見当たらない。動物たちが横断するのを車はおとなしく待つ。少なくとも日中であれば車と動物の衝突事故が起こることはないらしい。 敷地内に並ぶゲルに、モンゴルにいる実感が湧く さらにしばらく走ると、ゲルがぽつぽつと見えてくる。遊牧民が暮らすゲルもあるが、このように10〜20ほどのゲルが並んでいる場所はたいてい旅行客の宿泊用ゲルだ。テレルジ国立公園内や周辺にはこのようなツーリストキャンプが多く運営されており、食事処や風呂、トイレが整っているところも多い。公園内では遊牧民は住むことはできないが、家畜の出入りは許されているようで、馬や羊の姿も見られる。 photo by Tetsuo Kashiwada 巨大な「亀石」は首のあたりまで登ることもできる テレルジ国立公園のシンボル「亀石」は、高さ約15mの巨大な花崗岩。縁起が良いとされる亀の形から、地元の遊牧民から信仰されてきたという。オイラト・モンゴルの皇帝がここに財宝を隠して逃げたという伝説も残っている。 アリヤバル寺院本堂へ、写真右端の建物が本堂 アリヤバル寺院は1998年から2004年にかけて建てられたチベット仏教の寺院で、岩山の山肌に建ち、ちょっとした登山気分が味わえるそうだ。本堂に向かう道には、チベット仏教の教えが書かれた看板がずらりと並んでいた。入口にルーレットのようなものがあり、止まったところの数字の看板に書かれた言葉が今の自分に必要な言葉らしい。私が引いた122番の言葉は、「ダーマか世界か、速やかに選択せよ。異なる二つの崖に足を掛けてはいけない」 「瞑想寺」とも呼ばれるアリヤバル寺院 チベット仏教はモンゴルの人びとにとってアイデンティティの礎になっている。モンゴル人の名前はチベット仏教に関連する言葉が基になっていたり、家具などの装飾品に描かれる模様はチベット仏教由来のものだったりする。歴史的にモンゴル人のダライ=ラマ(チベット仏教の最高責任者)も存在している。本堂は色とりどりの鮮やかな模様が施されており、色調が遊牧民のゲルの内部とよく似ていると思った。瞑想を行うには刺激が強いような気がするが、モンゴルの人びとにとっては守られているような気持ちになる、落ち着く空間に違いない。 煩悩の数を表す108の階段を登って辿り着く、本堂からの景色 本堂の前にはテレルジ国立公園内の広大な風景が広がっていた。乾いた空気のおかげで、はるか遠くの山まで鮮明に見渡せる。広さはどれくらいなのかとガイドのトゥルに訊くと、「知らない」。モンゴルはあまりにも広すぎて、土地と土地を隔てるという概念が薄いように思う。後から調べると2,920㎢。東京ドーム何個分なのだろうと思っていたら、東京都の1.3個分だった。 テレルジ国立公園からチンギス・ハーンテーマパークへ テレルジ国立公園から1時間ほどさらに走ると見えてくるのが、チンギス・ハーンの巨大な騎馬像だ。2008年ごろに民間企業によって作られたもので、遠足で訪れたらしい小学生の団体の姿が見える。モンゴルには歴代の王の城や墓、寺などといった歴史的な建造物がほぼ存在しない。チンギス・ハーンをはじめ、モンゴル帝国の皇帝はそういったものを作りたがらなかったからだそう。寺院は社会主義時代のチベット仏教弾圧でほぼ破壊された。だからこそ、民主主義に転換してからぽつりぽつりと建てられたこのような像や寺、伝説を伝える奇岩が、国を象徴するものとして人びとに大切にされているのだ。 photography & text...
Into the World スロバキア編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第3回は、ハンガリーのブダペストからスロバキアへの日帰り旅。 ブダペスト西駅からエステルゴムへ 今日はブダペストから日帰り旅行をすると決めた。向かう先はエステルゴム。ドナウ川沿いにあるこの小さな街は、ハンガリーのスロバキアとの国境に位置している。ここでは橋を渡るだけで簡単に国を越えられる。ヨーロッパのシェンゲン圏ならではの特権だ。出発前にブダペスト西駅を少し見学。この駅はクラシックな建築様式と鉄骨構造が融合した美しいデザインで、エッフェル塔を設計したエッフェル社によって手がけられた。1877年に開業し、今もその姿を誇っている。 車窓から流れるハンガリーの田園風景 ハンガリーの人口の約20%が首都ブダペストに集中しているため、都市の景色はすぐに広大な田園風景へと変わる。車窓には、森や小さい三角屋根の家々が広がる。グリム童話の世界のようだ。列車が北へ進むにつれて空は暗くなり、気温も下がる。到着前に唇にIntoのバームを塗って、寒さに備える。 カラフルなエステルゴムの街並み エステルゴム駅から中心部までは徒歩で約30分。10世紀から13世紀にかけてハンガリーの首都だったこの街には、ピンク、黄色、緑といった鮮やかな色の建物が並び、今日の灰色の空と対照的だ。ハンガリーの初代国王、イシュトヴァーン1世が生まれた街としても知られている。 ハンガリー最大の教会へ エステルゴムといえば、ハンガリー最大の教会「エステルゴム大聖堂」が有名だ。1869年に完成し、街のシンボルとなっている。作曲家フランツ・リストはこの教会の献堂式のために「グランのバジリカ落成のためのミサ・ソレムニス」を作曲したという。ドナウ川沿いに建つこの大聖堂をもっとも美しく眺めるには、実は対岸のスロバキア側、シュトゥーロヴォの川岸へ行くのがベストだ! スロバキアへ徒歩で国境越え いよいよ、徒歩で国境を越える。ドナウ川に架かるマリア・ヴァレリア橋は、もともと1893年に建設されたが、1944年にナチスによって破壊された。その後、ソ連の衛星国時代にハンガリーとスロバキアの関係が悪化していたため、再建されることなく放置されていた。ようやく2001年に修復され、新たな世紀の始まりとともに再び両国をつなぐ橋となった。この橋を渡るだけで、言語が変わり、食文化が変わり、通貨が変わり、法律すら変わる。わずか数歩で、まったく異なる世界へ。 食事で新しい文化を発見 せっかくスロバキアに来たので、現地の料理を試してみることに。小さな食堂に入ると、周りは楽しそうに談笑する年配のカップルたちと、ビールを片手に語らう地元の人ばかり。店員さんに「定番料理は?」と聞いて、おすすめされたものを注文。正解だった。柔らかく煮込まれた豚肉とキャベツ、そして皿に残ったソースをすくうための白パン。甘じょっぱい味つけと、ほろほろの肉が、1℃の寒さで冷えた体をしっかり温めてくれる。 シュトゥーロヴォの街を歩く 食後はシュトゥーロヴォの街を少し散策。美しいが、どこか寂しげな建物が点在し、時代の流れを感じさせる。この国が誕生したのは1993年。つまり、ここに建つ多くの建物は国よりも長い歴史をもっているのだ。道を歩いていると、地元の人が微笑みながら「こんなところに観光客が?」というような表情を向けてくる。 ドナウ川、時の流れ、そして荘厳な大聖堂 まさにこれこそが、私がここに来た理由。たった1時間前にいた国を、今は別の国の対岸から眺めている。ドナウ川のほとりにそびえ立つエステルゴム大聖堂は、堂々たる存在感を放っている。周囲には中世の城の遺跡、19世紀の城、20世紀の家々が点在し、異なる時代の歴史が折り重なる。国境を越えたからこそ、向こう岸の国の美しさを、改めて実感することができた。 Photography & text =TRANSIT 掲載号 TRANSIT67号 新時代の中欧浪漫紀行 ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー 2025年3月13日発売 価格:1980円(税込) https://transit.jp/info/magazine/transit67_centraleurope/
Into the World スロバキア編
世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第3回は、ハンガリーのブダペストからスロバキアへの日帰り旅。 ブダペスト西駅からエステルゴムへ 今日はブダペストから日帰り旅行をすると決めた。向かう先はエステルゴム。ドナウ川沿いにあるこの小さな街は、ハンガリーのスロバキアとの国境に位置している。ここでは橋を渡るだけで簡単に国を越えられる。ヨーロッパのシェンゲン圏ならではの特権だ。出発前にブダペスト西駅を少し見学。この駅はクラシックな建築様式と鉄骨構造が融合した美しいデザインで、エッフェル塔を設計したエッフェル社によって手がけられた。1877年に開業し、今もその姿を誇っている。 車窓から流れるハンガリーの田園風景 ハンガリーの人口の約20%が首都ブダペストに集中しているため、都市の景色はすぐに広大な田園風景へと変わる。車窓には、森や小さい三角屋根の家々が広がる。グリム童話の世界のようだ。列車が北へ進むにつれて空は暗くなり、気温も下がる。到着前に唇にIntoのバームを塗って、寒さに備える。 カラフルなエステルゴムの街並み エステルゴム駅から中心部までは徒歩で約30分。10世紀から13世紀にかけてハンガリーの首都だったこの街には、ピンク、黄色、緑といった鮮やかな色の建物が並び、今日の灰色の空と対照的だ。ハンガリーの初代国王、イシュトヴァーン1世が生まれた街としても知られている。 ハンガリー最大の教会へ エステルゴムといえば、ハンガリー最大の教会「エステルゴム大聖堂」が有名だ。1869年に完成し、街のシンボルとなっている。作曲家フランツ・リストはこの教会の献堂式のために「グランのバジリカ落成のためのミサ・ソレムニス」を作曲したという。ドナウ川沿いに建つこの大聖堂をもっとも美しく眺めるには、実は対岸のスロバキア側、シュトゥーロヴォの川岸へ行くのがベストだ! スロバキアへ徒歩で国境越え いよいよ、徒歩で国境を越える。ドナウ川に架かるマリア・ヴァレリア橋は、もともと1893年に建設されたが、1944年にナチスによって破壊された。その後、ソ連の衛星国時代にハンガリーとスロバキアの関係が悪化していたため、再建されることなく放置されていた。ようやく2001年に修復され、新たな世紀の始まりとともに再び両国をつなぐ橋となった。この橋を渡るだけで、言語が変わり、食文化が変わり、通貨が変わり、法律すら変わる。わずか数歩で、まったく異なる世界へ。 食事で新しい文化を発見 せっかくスロバキアに来たので、現地の料理を試してみることに。小さな食堂に入ると、周りは楽しそうに談笑する年配のカップルたちと、ビールを片手に語らう地元の人ばかり。店員さんに「定番料理は?」と聞いて、おすすめされたものを注文。正解だった。柔らかく煮込まれた豚肉とキャベツ、そして皿に残ったソースをすくうための白パン。甘じょっぱい味つけと、ほろほろの肉が、1℃の寒さで冷えた体をしっかり温めてくれる。 シュトゥーロヴォの街を歩く 食後はシュトゥーロヴォの街を少し散策。美しいが、どこか寂しげな建物が点在し、時代の流れを感じさせる。この国が誕生したのは1993年。つまり、ここに建つ多くの建物は国よりも長い歴史をもっているのだ。道を歩いていると、地元の人が微笑みながら「こんなところに観光客が?」というような表情を向けてくる。 ドナウ川、時の流れ、そして荘厳な大聖堂 まさにこれこそが、私がここに来た理由。たった1時間前にいた国を、今は別の国の対岸から眺めている。ドナウ川のほとりにそびえ立つエステルゴム大聖堂は、堂々たる存在感を放っている。周囲には中世の城の遺跡、19世紀の城、20世紀の家々が点在し、異なる時代の歴史が折り重なる。国境を越えたからこそ、向こう岸の国の美しさを、改めて実感することができた。 Photography & text =TRANSIT 掲載号 TRANSIT67号 新時代の中欧浪漫紀行 ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー 2025年3月13日発売 価格:1980円(税込) https://transit.jp/info/magazine/transit67_centraleurope/