世界を旅し、美しい風景や歴史・文化を紹介するトラベルカルチャー誌TRANSIT。よりよい未来を拓くために、心身にも環境にもやさしいIntoの製品とともに各地を旅し、伝統的なものから新しい潮流まで、気になるライフスタイルを追いかけます。第5回は、南仏でのビーチ巡り。
1日目:アンティーブの浜辺
フランス南東部、地中海に面したコート・ダジュールは、毎年夏になると世界中から観光客を惹きつける。映画祭でスターたちが集まるカンヌや、モナコの華やかなF1グランプリ、そして地域最大の都市ニースの美しさ。誰もが一度は、この地の名前を耳にしたことがあるだろう。では、夏にコート・ダジュールで何をするのか? 答えは簡単だ。ビーチで過ごすのだ。
海に浮かぶように佇む小さな町アンティーブは、細い路地が迷路のように入り組み、カラフルで趣のある家々が並んでいる。カフェや小さな店、ピカソ美術館など、訪れる前に想像していたよりも見どころは多い。だが、海を存分に楽しむなら、少し足を延ばしてカップ・ダンティーブへ。そこには「億万長者のベイ」と呼ばれるほど豪華な別荘が立ち並び、数々の有名人が所有している。
ビーチ&ラブ
海沿いの遊歩道を歩くと、次々とビーチが現れる。プライベートのものもあれば公共のものもあり、砂浜もあれば岩場もある。街から近いのに自然は驚くほど豊かで、巨大なアロエの葉には夏の恋人たちが刻んだ落書きが残っていた——とてもマナー違反だが、どこかロマンチックでもある。
浜辺の国際会議
僕はあえてもっとも人の多い浜辺を選んでみた。浮き輪や監視員、日焼けオイルの匂い……すぐ隣の高級ヴィラとは対照的な雰囲気だ。タオルの上で横になると、周囲から聞こえてくるのはさまざまな国の言葉。水着姿で開かれる国際会議に紛れ込んだように感じる。日差しを浴び、海に浸かり、塩の味を唇に残したまま最初の一日を終えた。
2日目:ニース
翌日はニースへ。駅から海へとまっすぐ伸びるジャン・メディサン大通りは、どこにでもあるような商業通りだが、その先には色鮮やかな建物やレストランが並ぶ旧市街が広がる。サレヤ広場の市場は賑わい、果物や野菜だけでなく、すぐに食べられる軽食も売られている。海水浴客らしい格好の人びとが行き交うなか、僕も真似をして、ひよこ豆の粉で作るニース名物ソッカを一切れ買って持ち帰る。サレヤ広場のアーケードを抜けると、目の前に地中海が広がった。真夏の陽光を浴びて波は輝き、海で遊ぶ人びとは光に溶けて踊る影のように見える。地域名の通り、水の色は「アジュール」。時間が経つにつれ、人びとは海から引き上げ、プロムナード沿いのテラス席に移っていく。笑い声や音楽、夕暮れの海。南仏の夏は、ゆるやかに流れていた。
3日目:船に乗って
幸運なことに、船に乗せてくれる人を見つけた。風に髪をなびかせながら、レランス諸島へ向かう。ここは「鉄仮面」の伝説で知られる。正体不明の囚人をルイ14世が幽閉したという話で、異母兄説や陰謀に関わった従兄説など、数々の憶測が今も語り継がれている。修道院、要塞、牢獄……。小さな島々だが、その歴史は重い。
ランチはニーススタイルで、パン・バニャ
そんな物語に包まれた島影を前に、船の錨を下ろし、観光客のいない海で泳ぐ。昼食にはニースの伝統的なサンドイッチ「パン・バニャ」を用意してきた。ツナやアンチョビ、オリーブにバジル、野菜にオリーブオイルなど、南仏の料理でよく目にする食材がぎゅっと詰まったひと品だ。船長がロゼワインのボトルを取り出し、この夏の日に乾杯する。日陰に身を寄せ、Intoのオイルを肌に塗って、長時間の日差しで熱を帯びた皮膚をやさしくなだめる。海へ入る前に、デッキの上でおしゃべりをしながら笑い合う。
海の中から広がる風景
地中海に身を沈めると、これまで見てきた景色が逆さまになる。海から陸を眺めると、村や建物が海岸線に並んでいる。昨日は、あの中に自分もいたのだ。周囲では人びとが船から飛び込み、松林に縁どられた砂浜へと泳いでいく。
地中海がくれた夏の気持ち
港へ戻る途中、もう帰らなければならないのが惜しくなる。コート・ダジュールの太陽の下で過ごす時間は、どこか別の流れをもっている。何もしていないのに、いつの間にか時が流れてしまう。昼に浜辺で目を閉じれば、次に開いた時にはもう帰る時刻だ。観光客の喧騒も、街で動き回る地元の人びとも、島々の歴史も動きを止めないが、海だけは変わらずそこにある。ホテルへ戻る列車の窓一面に広がるのは、静かな地中海の青。三日間、その陽光と波に包まれた肌は焼け、旅の証のように残る。私が持ち帰る夏の感覚のタトゥーのようだ。そしてきっと、次の夏が来るたびにその記憶が呼び起こされるだろう。
photography & text=Jeremy Benkemoun
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